EU AI法一時停止議論:グローバルAI規制競争はすでに促進への転換点に達している

人工知能

概要

2025年6月28日、アイルランド欧州議会議員マイケル・マクナマラがIAPPとバークマン・クライン・センターのデジタル政策リーダーシップ・リトリートで言及したEU AI法一時停止の可能性が示唆されている。それは単なる技術規制の調整を超えた、グローバルなAI規制競争方針の大きな見直しが要求される。

主要な出来事と発言者の確認

核心的な発言の裏付け

2025年6月25-26日にニューハンプシャー州ポーツマスで開催された「Navigate: Digital Policy Leadership Retreat 2025」において、複数の重要な発言が確認されている。

マイケル・マクナマラ議員(EU AI法実施・執行作業部会共同議長)の発言: 「『時間が必要であり、遵守すべき内容を知る必要がある』ため、AI actの一時停止の兆候が表れている」(IAPP,Navigate 2025: Potential EU AI Act pause opens new questions on approach to global regulation,2025年6月26日)

OpenAIのベン・ロッセン副法務顧問(AI政策・規制担当)の発言: 「ある意味では、既にAIを規制するための多くの法律が存在します。消費者保護法、不法行為法、製造物責任法など」(IAPP,Navigate 2025: Potential EU AI Act pause opens new questions on approach to global regulation,2025年6月26日)

イタリアデータ保護当局のグイド・スコルツァ理事の発言: 「イノベーションと規制の間の緊張関係は全く新しいものではありません。私たちはこれまでも、そしておそらく今も、業界に常にタイムリーな法的確実性を与えることができていません。それが私たちの最も重要な責任です。なぜなら、社会が変化し、過去よりも迅速な規制上の解決策が必要かどうかを認識することが私たちの義務だからです」(IAPP,Navigate 2025: Potential EU AI Act pause opens new questions on approach to global regulation,2025年6月26日)

汎用AI実務規範の策定遅延の深刻な影響

遅延の事実確認

欧州委員会が予定していた汎用AI(GPAI)実務規範の発表期限は当初2025年5月2日だったが、現在は大幅に遅延している。

AI actにおける汎用AI(GPAI)に関する規則は、2025年8月 2日に発効します。AIオフィスは、これらの規則を詳細に規定する実践規範の策定を促進している。この実践規範は、提供者がAI actへの準拠を実証するための中心的なツールとなるべきものであり、最先端の実践事例を組み込んだものとなります。

General-Purpose AI Code of Practice

つまり最終的な法的期限はGPAI要件の発行日である2025年8月2日となっている。この実務規範は企業が「推定コンプライアンス」を判断する基準として機能するため、その遅延は企業のAI開発の準備を困難にしているのが現状だ。

業界からの圧力

大手IT企業が規範策定過程で「構造的優位性」を享受し「高度なAI規則を弱体化」させていたことが明らかになった。

・Google、Microsoft、Meta、Amazon、OpenAIを含む15のアメリカのテック企業が作業部会議長との専用ワークショップに招待された

・一方市民社会組織、出版社、中小企業は限定的なアクセスしか与えられず、オンラインプラットフォームでの質問やコメントに対して絵文字による投票に参加が制限された。

(Euronews,Big Tech watered down AI Code of Practice: report,2020年4月30日)

米国政府からの圧力

トランプ米政権は、欧州連合(EU)が策定中のAI actの実践規範について、その採用を見直すよう強く圧力をかけている。EUでは2024年にAI actが成立し、汎用AI(GPAI)の開発者に対し、透明性の確保、リスク軽減策、著作権保護などを義務づけている。

この規則を現場で実装する枠組みとして、実践規範の最終段階進行中であるが、米政府はこれが過度に厳格で、米企業の国際競争力を損なう恐れがあると懸念している。米国の駐EU代表部は欧州委員会や一部加盟国に書簡を送り、規範採用に反対の立場を表明。欧州委の報道官もこの接触を認めている。

実践規範は法的拘束力こそないが、違反が認定されれば年間売上高の最大7%の制裁金が科される可能性があるため、事実上の強制力を持ちうるとの批判が出ている。

(Bloomberg, トランプ政権、欧州にAI規則の実践規範撤回を求め圧力-関係者, 2025年4月25日)

各国の規制アプローチの違い-日本の促進型アプローチ

2025年5月28日、日本は「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」が成立した。IAPPの報告によると、この法案は「イノベーションに焦点を当てた」アプローチを採用している。この法案は「基本法」の構造を採用し、新たな規制体系を作るのではなく、企業の協力と既存の法律に依存してAI技術を規制することを選択しました。

EUのAI actのコンプライアンス違反に対して厳格な規制処罰を課す内容とは異なり日本の法律は規範的ではなく促進的である。日本の法律は、シンガポールや韓国を含むアジア太平洋地域のメンバーと同じく、今のところ、EU と比べて AI ガバナンスに対してより緩やかなアプローチを取っている。

(IAPP,Japan passes innovation-focused AI governance bill,2025年6月4日)

EU内部の分裂

ポーランドは「ストップ・ザ・クロック」による一時停止を求め、スウェーデンも同様の立場を取っている。によると、スウェーデンのウルフ・クリステション首相はEUのAI actを「混乱を招く」と批判し、「基準が期限内に準備できない場合、AI法の特定の部分について時計を止め、企業により多くの時間を与えるべきです」と述べた。

(Politico, Swedish PM calls for a pause of the EU’s AI rules,2025年6月23日)

結論

EUのAI actを巡る一時停止議論は、従来のEUのブリュッセル効果を狙った「規制型」アプローチが急速に進化するAI技術と世界の情勢に全然対応できていないという構造的欠陥を露呈することになっている。実務規範の策定遅延は単なる事務的問題ではなく、規制当局が技術革新と世界の情勢変化のスピードに追いつけない本質的な問題を示している。

米国大手IT企業による組織的なEUのAI規制弱体化工作が功を奏し、民主的な規制策定プロセスが事実上形骸化している。さらにトランプ政権による外交的圧力が、EUの規制主権に直接的な圧力を突きつけている。加えてEU内部ですらもポーランドやスウェーデンなど加盟国から規制緩和要求が高まり、統一的な規制体制の維持が困難になっている。

一方、日本や韓国、アジア太平洋諸国が採用した「促進型」アプローチは、既存法制度を活用しながら企業の自主性を重視する現実的な選択肢として注目されている。これは、厳格な規制よりも、イノベーションを促進しながら事態に応じて事後的に問題に対処する方が、AI時代により適切であることを示唆している。

AI規制を巡る国際的な対立は、単なる規制の違いを超えて、AI産業における覇権争いの様相を呈している。規制の厳格さが産業競争力を阻害するという認識が世界中で広まり、各国は自国のAI産業振興を最優先する方向へシフトしており、グローバルAI規制競争はすでに促進への転換点に達している。

参考資料

IAPP,Navigate 2025: Potential EU AI Act pause opens new questions on approach to global regulation,2025年6月26日

IAPP,Japan passes innovation-focused AI governance bill,2025年6月4日

Euronews,Big Tech watered down AI Code of Practice: report,2020年4月30日

Bloomberg, トランプ政権、欧州にAI規則の実践規範撤回を求め圧力-関係者, 2025年4月25日

Politico, Swedish PM calls for a pause of the EU’s AI rules,2025年6月23日

General-Purpose AI Code of Practice

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