著作権法第十条第1項第五号 建築の著作物

条文

五 建築の著作物

第十条 著作物の例示

本号の概要

本号の著作物の例示である建築の著作物について説明します。

また,「建築の著作物」(同法10条1項5号)とは,現に存在する建築物又はその設計図に表現される観念的な建物であるから,当該設計図には,当該建築の著作物が観念的に現れているといえる程度の表現が記載されている必要があると解すべきである。

(東京地判平成29年4月27日〔ステラマッカートニー事件:第1審〕)

建築の著作物とは、物理的な有体物としての建築物ではありません。建築の著作物とは、その建物や設計図に表現される観念的な建物(建築デザイン)を指します

 旧法では当初建築の著作物は適用除外を受けて保護されませんでした。当時、ベルヌ条約にも建築物の保護についての明確な規定がなく、建築の著作物の取り扱いは海外でも分かれていました。その後、ベルヌ条約のベルリン規定で「建築」が著作物として例示されたことを受けて、明治43年の改正で建築物の適用除外が廃止され、建築が著作物の例示に入りました。

現行法でも旧法を引き継ぎ、建築の著作物を明示的に保護しています。建築の著作物に関する特別な規定として、複製の定義 (法2条1項15号)、著作物の公表 (法4条1項)、同一性保持権の適用除外 (法20条2項)、公開の美術の著作物等の利用 (法46条) があります。

建築の著作物は、建築物に表現された美的形象を保護するため、著作権法では「美術の範囲」に属すると解釈でき、建築の著作物は美術の著作物としての性質も有すると言えます。しかし、現行法では、建築の著作物と美術の著作物を明確に区別し、それぞれ異なる法律の扱いが定められています。このため、建築の著作物が美術の著作物にも所属すると解釈することは困難です。

ただし、建築物は住居などの用途に用いられることから、建築の著作物を美術の著作物と分離する必要があるからです。実用品が応用美術と評価され美術の著作物として保護されることと同じように、建築物の特性に関係なく合理的な理由がある場合には、建築の著作物も美術の著作物と同様に扱うことも認めても良いと思います。

「建築物」の定義

建築基準法2条1号が「建築物」という用語の意義について「土地に定着する工作物のうち,屋根及び柱若しくは壁を有するもの(これに類する構造のものを含む。)」等と規定しており,本件原告滑り台も,屋根及び柱又は壁を有するものに類する構造のものと認めることができ,かつ,これが著作権法上の「建築」に含まれるとしても,文化の発展に寄与するという目的と齟齬するものではないといえる。そうすると,本件原告滑り台は同法上の「建築」に該当すると解することができる。

  (東京地判令和3年4月28日〔タコの滑り台事件第1審〕)

建築の著作物は、有体物としての建築物とその建築物に表現された無体物である著作物の二面性を有しています。そのため、「建築の著作物」に関しては「建築物」と「著作物」の定義によって決定されます。しかし、著作権法では「建築物」に対して明確な定義は存在しません。そのため、建築基準法から「建築物」の定義を参考にすることが多いです。

ただし、著作権法と建築基準法では、「建築物」の定義に関してはその意味は異なっています。そのため、建築基準法の「建築物」の定義を参考にしつつも、著作権法での「建築物」の扱いに即した使われ方をするべきです。建築基準法第2条では土地に定着する工作物のうち、屋根及び柱若しくは壁を有するもの、これに附属する門若しくは塀、観覧のための工作物または地下若しくは高架の工作物内に設ける事務所、店舗、興行場、倉庫などが「建築物」と規定されています。さらに建築基準法に該当しない建築物でも著作権法の規定に適したものであれば著作権法では「建築物」と認められます。例えば、住宅やビルだけではなく、橋や記念碑、タワー、墳墓なども「建築物」とみなされる場合もあります。

裁判例では庭園が「建築物」として扱われる場合があります。

ノグチ・ルームを含めた本件建物全体が一体としての著作物であり,また,庭園は本件建物と一体となるものとして設計され,本件建物と有機的に一体となっているものと評価することができる。したがって,ノグチ・ルームを含めた本件建物全体と庭園は一体として,一個の建築の著作物を構成するものと認めるのが相当である。

(東京地決平成15年6月11日〔ノグチ・ルーム事件〕)

本件庭園は,新梅田シティ全体を一つの都市ととらえ,野生の自然の積極的な再現,あるいは水の循環といった施設全体の環境面の構想(コンセプト)を設定した上で,上記構想を,旧花野,中自然の森,南端の渦巻き噴水,東側道路沿いのカナル,花渦といった具体的施設の配置とそのデザインにより現実化したものであって,設計者の思想,感情が表現されたものといえるから,その著作物性を認めるのが相当である。

(大阪地決平成25年9月6日 (希望の整事件〕)

 またこの場合の建築物とは、全体としての構造物を指しています。建物の外観と内装はそれぞれ独立した建築物と見なされますが、一体として設計されている場合は全体として一つの建築物と考えることができます。これと同様に、建物と庭園もそれぞれ個別の構造物ですが、全体の建造物として一体的に設計されている場合は、一つの建築物として扱われることがあります。

著作物性

建築デザインが著作物として権利保護されるためには、その表現に創作性が必要です。創作性とは、他の著作物と同様にその建築デザインに創作者の個性の発露が反映されていることを指します。建築デザインは、美的鑑賞性から美術的側面で評価される必要があり、実用的な用途であるだけでは著作物として認められません。

建築の著作物たり得るためには、単に生活便宜のために構造がよくできているとか、あるいは見てくれがいいということではなくて、建築家の文化的精神性が見る人に感得されるようなものでなくてはならないという発想がございます。(加戸守行,129頁)

建築の著作物も他の著作物と同様に、建築物に対する思想やアイデアを保護するものではありません。そのため、建造物としての用途などを実現するための機能やありふれた表現は保護されません。建造物が著作物として保護されるためには同じような用途を持つ多くの建築デザインの中で、独自の形態を持ち創作性が認められる必要があります。また、個々の建築デザインそのものがありふれた表現であっても、全体としてその組み合わせに独自性があると評価されれば創作性が認められます。

建築デザインが著作物として権利保護されるためには、創作性が評価されるだけではなく「美術の範囲」(著作権法第2条第1項)に属している必要があります。

すなわち「建築の著作物」とは(現に存在する建築物又は)設計図に表現されている観念的な建物自体をいうのであり、そしてそれは単に建築物であるばかりでなく、いわゆる建築芸術と見られるものでなければならない。

(福島地決平成3年4月9日〔シノブ設計事件〕)

著作権法により『建築の著作物』として保護される建築物は、同法2条1項1号の定める著作物の定義に照らして、知的・文化的精神活動の所産であって、美的な表現における創作性、すなわち造形芸術としての美術性を有するものであることを要し、通常のありふれた建築物は、同法で保護される『建築の著作物』には当たらないというべきある。

(大阪高判平成16年9月29日[グルニエ・ダイン事件:控訴審])

建築物について,著作権法10条1項5号の「建築の著作物」に当たるとして同法によって保護されるには,同法2条1項1号の定める著作物の定義に照らして,知的・文化的精神活動の所産であって,美的な表現における創作性,すなわち造形美術としての美術性を有するものであることを要すると解するのが相当である。

  (東京地判平成26年10月17 日〔ログハウス調木造住宅事件〕)

宮廷・凱旋門などの歴史的建築物に代表されるような知的活動によって創作された建築芸術と評価できるようなものでなくてはなりません。(加戸守行,129頁)

客観的に見て機能性・実用性を追求したものであるか否かといいう判断であり、実用本位の建築物は建築美術ではない、つまり著作権法の保護を受ける物ではないということを意味するにすぎない。(中山信弘,109頁)

建築デザインは、居住など実用的な用途の建築物に対し応用的な美術の表現として用いられるため、応用美術と同様の性質を持っています。応用美術は、実用的な部分から分離独立して美的鑑賞のための創作的表現を有すると評価された場合に著作物と認められることが多いです(分離把握説)。建築デザインも実用部分以外に美的鑑賞性が求められます。

建築物の著作物性については、「限定説」と「非限定説」の意見が対立しています。限定説は、建築物が実用的に使用されるものであるため、広く保護を認めると建築の開発や利用に制約が生じると主張します。一方、非限定説は、建築物に特別な保護要件を設ける必要はなく、創作性があれば他の著作物と同様に保護すべきだと主張します。

建築デザインは、美術的な創作的表現と実用的な機能の両方を持つため、権利保護する場合には慎重になる必要があるでしょう。現在の法律解釈では、美的鑑賞性を有する創作的表現と評価される建築デザインのみが著作物として権利保護対象となり、美的鑑賞性の要素を有しない建築物については、将来的な議論に委ねられることとなるでしょう。

類似性

建築の著作物の類似性は建築物の美的特性に関する表現上の本質的特徴を直接感得できるかで判断されるでしょう。既存の建築の著作物に依拠したとしても、アイデアやありふれた表現、美的鑑賞性の無い部分が同一だと類似性が認められません。

また建築の著作物は美術の著作物と同様に表現全体を見てその美的鑑賞性から類似のものだと判断できる必要があります。つまり、創作的表現の全体または一部が共通していることに加え、全体を見てそれが類似している印象を与える必要があります。例え表現上の本質的特徴の一部が共通していてもその他の部分の違いから全体が異なる印象が生じる場合には類似性が否定されます。

図面について

建築の著作物の本質は有体物としての建築物ではなくその建築デザインです。そのため、建築物が存在しない段階でもその図面にある建築デザインに著作物性を認められれば、その図面は建築の著作物として保護されることになるでしょう。またその図面に沿って建築物を完成させれば、それは建築の著作物の複製に該当することでしょう。(著作権法2条1項15号)

ただし、建築デザインが図面に記載されていても、建築物を建造するための具体的な情報が記載されておらず、図面から建築物を製作することができない場合もあります。そうなるとその図面は建築の著作物として保護されず、美術の著作物に該当するでしょう。また設計図そのものは図形の著作物に該当する可能性があります。建物の構想段階のラフスケッチや建造物の抽象的な外観の絵だけでは建築の著作物として保護されません。(前掲〔ステラマッカートニー事件:第1審〕)

参考文献

加戸守行. (2021年12月21日). 著作権法逐条講義(七訂新版). 公益社団法人著作権情報センター.

作花文雄. (2022年12月20日). 詳解著作権法[第6版]. 株式会社ぎょうせい.

小泉直樹他. (2019年3月11日). 著作権判例百選(第6版). 有斐閣.

小泉直樹他. (2023年6月15日). 条解著作権法. 弘文堂.

斉藤博. (2014年12月26日). 著作権法概論. 勁草書房.

中山信弘. (2014年10月25日). 著作権法(第4版). 有斐閣.

文化庁著作権課. (日付不明). 令和5年度著作権テキスト.

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