著作権法第27条 翻訳権、翻案権等

条文

著作者は、その著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案する権利を専有する。  

第二十七条 翻訳権、翻案権等

はじめに

 本条は著作権に含まれる支分権として著作物を翻訳・編曲・変形・翻案する排他的独占権を定めています。著作権法には、著作者が自分の著作物について利用行為を専有できる複数の権利である支分権を定められています。上演権、演奏権、上映権、公衆送信権、譲渡権などは、著作物をそのまま利用する行為を対象とする権利です。これに対し、第27条は、著作物を翻訳したり、編曲したり、変形したり、脚色したり、映画化したり、既存の物語をもとに別の作品を創作する翻案行為を対象とします。つまり、第27条は「既存の著作物を元に、新たに二次的著作物を創作すること」を独占する権利です。

 本条は、前条までの著作物の直接的利用に関する権利とは趣を異にし、二次的著作物を創作するための原著作物の転用ともいうべき行為に関する権利として、著作者がその著作物の翻訳・編曲・変形又は翻案に関し排他的な権利を有する旨を定めております。(加戸守行. (2021年12月21日). 『著作権法逐条講義(七訂新版)』. 公益社団法人著作権情報センター.218頁)

 中山著作権法では、21条から26条の3までの規定は,著作物をそのままの形で「利用する権利」を定めているが、27条は著作物を改変して新たな著作物を「創作する権利」についての規定である。(中山信弘. (2014年10月25日). 『著作権法(第4版)』. 有斐閣.350頁-351頁)

 法27条で注目すべきものは「二次的著作物」です。二次的著作物とは、既存の著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案することにより創作した著作物をいいます。たとえば、小説を映画化する、漫画をアニメ化する、日本語の小説を英語に翻訳する、楽曲を別の曲に編曲する、絵画を立体作品に変形する、といった行為が典型例です。ここで注意すべきことは、本条が「二次的著作物を創作する行為」そのものを権利として対象としている点です。作られた翻訳物、映画化作品、編曲音楽などを複製、譲渡、上映、演奏するなどの二次的著作物の利用行為については、さらに第28条の二次的著作物の利用に関する原著作者の権利が問題になってきます。

 翻訳・編曲・変形・翻案の4種類はいずれも二次的著作物を創作する著作物の利用行為に該当します。そのため本条には、翻訳権・編曲権・変形権・翻案権の4種類の権利が含まれているとも考えられます。なお、「脚色」や「映画化」なども、本条の文言上は翻案とともに記述されていますが、これらは「又は」で区切られ「その他」で「翻案」に繋がっていることから翻案の例示と解釈されています。

 翻訳権は、言語の著作物を別の言語に置き換える翻訳する利用行為を対象とした排他的権利です。典型例は、小説、論文、脚本などの翻訳です。他にも映画の会話部分の吹替えや楽曲の歌詞の翻訳なども問題になってきます。翻訳権ですと、例えば映画におけるスーパー・インポーズの挿入とか吹替えとかの場合の会話部分の翻訳についても、本条の翻訳ライセンスが必要になってくるわけです。(加戸守行. (2021年12月21日). 著作権法逐条講義(七訂新版). 公益社団法人著作権情報センター.219頁)

 編曲権は、音楽の著作物を別の形に編曲する利用行為を対象とした排他的権利です。たとえば、ピアノ曲をオーケストラ用に編曲する、原曲の旋律や構成を活かしながら別の楽曲に作り替える場合などが該当します。

 変形権は、美術の著作物、写真の著作物、建築の著作物、図形の著作物などについて、別の表現形式に変える利用行為を対象とした排他的権利です。たとえば、写真や絵画などの平面作品を立体作品にする、建築物などを写真や絵画にするなど別形式に作り替える場合などが考えられます。

 翻案権は、脚色や映画化が例示されていますがもっとも該当範囲が広く、かつ判断が難しい権利です。小説の映画化、漫画のアニメ化、既存の物語をもとにした別作品の制作などが典型です。基本となる原作の筋・仕組み・主たる構成などの内面形式を母体として派生的著作物を作成する行為を規制するものでして、翻案権の行使が考えられる著作物としては、文芸作品や演劇作品などの言語の著作物、漫画のようなストーリー性を有する美術の著作物、映画の著作物などであります。(加戸守行. (2021年12月21日). 著作権法逐条講義(七訂新版). 公益社団法人著作権情報センター.219頁)

翻案の該当性と類似性の判断基準

翻案とは、ただ単に既存の著作物から抽象的に影響を受けることだけではありません。存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想または感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいいます。

この翻案に該当する利用行為について、江差追分事件最判で示された判断基準は重要です。

言語の著作物の翻案(著作権法27条)とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表言語の著作物の翻案(著作権法27条)とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう。  

(最判平成13年 6月28日 [江差追分事件])

翻案に該当するかどうかは、元の作品と似ているかという抽象的印象だけで決まるのではありません。既存の著作物に依拠することと、既存の著作物の同一性を維持しつつも新たな創作的表現が加わっていること。既存の表現上の本質的な特徴を直接感得できるかが翻案に該当するかのポイントになります。

そして続けて江差追分事件最判は翻案に該当しないとされる行為も示されています

既存の著作物に依拠して創作された著作物が,思想,感情若しくはアイデア,事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において,既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には,翻案には当たらないと解するのが相当である。  

(最判平成13年 6月28日 [江差追分事件])

 著作権法では著作物の定義を法2条1項1号より「思想又は感情を創作的に表現したもの」と定義しており創作的に表現したものを著作権保護の対象としています。そして、創作的表現とみなされないアイデアや事実、ありふれた表現は著作権保護の対象としていません。そして、翻案権侵害の基準として創作的表現が共通することを求められ、アイデアやありふれた表現が共通しているだけでは該当しません。翻案権が問題となり得ますのは、原作品にヒントを得て新著作物を作成するヒント的な利用であります。原作品によってヒントを得たとか着想を感じ取ったというにとどまる場合にあっては、ここでいう翻案権の対象とはなりません。(加戸守行. (2021年12月21日). 著作権法逐条講義(七訂新版). 公益社団法人著作権情報センター.219頁)

 すなわち、翻案権侵害の要件の1つには類似性が要求されこの要件を満たすには被告侵害物が原告著作物と創作的表現が共通していること、つまり既存の著作物から表現上の本質的特徴を直接感得できるかが類似性要件を満たすための基準になります。

 この江差追分事件最判で判示された翻案の判断基準は言語の著作物だけですが、一般的に二次的著作物を創作する行為全般に該当すると解釈されます。

裁判例において具体的には

翻案とは、ある作品に 接したときに、先行著作物における創作性を有する本質的な特徴部分が共通である ことにより、先行著作物の創作性を有する本質的な特徴部分を直接感得させるような作品を制作(創作)する行為をいう。したがって、ある作品が先行著作物に関する翻案権の範囲内に含まれる否かは、①先行著作物における主題の設定、具体的な 表現上の特徴、作品の性格、②当該作品における主題の設定、具体的な表現上の特 徴、作品の性格、③両者間における、ストーリー展開、背景及び場面の設定、人物 設定、描写方法の同一性ないし類似性の程度、類似性を有する部分の分量等を総合 勘案して判断するのが相当である。

(東京池判平成13年3月26日 [大地の子事件])

ノンフィクション小説において

本件においても,控訴人各記述と被控訴人各記述との間で表現上の共通性を有するものについては,その共通性(同一性)を有する部分が事実それ自体にすぎないときは,複製にも翻案にも当たらないと解すべきであるし,それが,一見して単なる事実の記述のようにみえても,その表現方法などからそこに筆者の個性が何らかの形で表現され,思想又は感情の創作的表現と解することができるときには,複製又は翻案に当たるというべきである。  

(知財高判平成25年9月30日[風にそよぐ墓標事件])

書道において

美術の著作物としての書の翻案の成否の判断に当たっても、書の著作物としての本質的特徴、すなわち思想、感情の創作的な表現部分のとらえ方については、上記(2)アに述べたところが妥当すると解すべきであるから、本件各カタログ中の本件各作品部分が、本件各作品の表現上の本質的な特徴の同一性を維持するものではなく、また、これに接する者がその表現上の本質的な特徴を直接感得することができないことは、前示(2)の判断に照らして明らかというべきである。  

(東京高判平成14年2月18日 [雪月花事件])

水彩画について

本件水彩画のこのような創作的表現によれば 本件水彩画においては , , 写真とは表現形式は異なるものの,本件写真の全体の構図とその構成に おいて同一であり,また,本件写真において鮮明に写し出された部分, すなわち,祭りの象徴である神官及びこれを中心として正面左右に配置 された4基の神輿が濃い画線と鮮明な色彩で強調して描き出されている のであって,これによれば,祇園祭における神官の差し上げの直前の厳 粛な雰囲気を感得させるのに十分であり,この意味で,本件水彩画の創 作的表現から本件写真の表現上の本質的特徴を直接感得することができ るというべきである。  

(東京地判平成20年3月13日 [祇園祭写真事件])

漫画について

原告書籍各部分は,いずれも,表現において,ごくありふれた記述をしているにすぎない。他方,被告書籍各部分は,エピソードやアイデアを共通にしている点を含むものの,原告書籍各部分と表現上の本質的な特徴部分において共通するものは存在せず,原告書籍各部分の表現上の本質的な特徴を直接感得するものということはできない。  

(知財高裁平成22年6月29日 [弁護士のくず事件])

音楽の著作物について

「編曲」とは、既存の著作物である楽曲(以下「原曲」という。)に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が原曲の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物である楽曲を創作する行為をいうものと解するのが相当である。

(知財高判平成14年9月6日[記念樹事件])

ゲームについても

両ゲームは,アイデアなどの表現それ自体でない部分又は創作性の乏しい表現において共通するにすぎないのであるから,被控訴人ゲームに接する者がトラキアの表現上の本質的な特徴を感得することは困難であるというべきであり,被控訴人ゲームがトラキアの翻案に当たると認めることはできない。

  (知財高判平成16年11月24日 [ファイアーエムブレム事件])

写真においても

被写体が既存の廃墟建造物であって,撮影者が意図的に被写体を配置したり,撮影対象物を自ら付加したものでないから,撮影対象自体をもって表現上の本質的な特徴があるとすることはできず,撮影時季,撮影角度,色合い,画角などの表現手法に,表現上の本質的な特徴があると予想される。  

(知財高判平成23年5月10日 [廃墟写真事件])

テレビドラマにおいても

前記番組が前記映画との間で有する類似点ないし共通点は結局はアイデアの段階の類似点ないし共通点にすぎないものであり,前記映画又はその脚本の表現上の本質的特徴を前記番組又はその脚本から感得することはできないというべきであるから  

(知財高判平成17年6月14日 [武蔵事件])

映画において

したがって,本件映画を鑑賞した者は,映画と漫画という表現形式の相違や設定場面の若干の相違といった点を超えて,本件映画から本件漫画の 表現上の本質的な特徴を直接感得することができると認められる。  

(東京地判平成25年11月22日 [彼女の告白事件])

舞台においても

上記内容,表現に関する限り,コルチャックに関する著述・製作に関わる者にとり,基礎的な事実として一般に認識されているものと考えられ,上記生涯の大枠ないし客観 的人物像において,原告著作のみに見られる表現上の本質的な特徴があるとはいえ ず,前記相違点を考慮すると,表現上の本質的特徴の同一性があるとはいえない。

  (大阪高裁平成14年6月19日 [コルチャック先生舞台上演事件])

プログラムにおいても

このように,複製又は翻案に該当するためには,既存の著作物とこれに依拠して創作された著作物との同一性を有する部分が著作権法による保護の対象となる思想又は感情を創作的に表現したものであることが必要である。 そして,「創作的」に表現されたというためには,厳密な意味で独創性が発揮されたものであることは必要ではなく,筆者の何らかの個性が表現されたもので足りるというべきであるが,他方,プログラムの具体的記述自体がごく短く又は表現上制約があるため他の表現が想定できない場合や,表現が平凡かつありふれたものである場合には,作成者の個性が表現されたものとはいえないから,創作的な表現であるということはできない。  

(知財高判平成26年3月12日 [iDupli version2事件])

編集著作物においても

控訴人書籍と被控訴人書籍の漢方薬便覧部分の薬剤情報の選択及び配列は,いずれも,表現上の創作性のない部分において共通するにすぎない。 しかも,控訴人書籍漢方薬便覧部分では,その他の副作用や価格を選択し,添付文書外の情報として証を選択しており,他方,被控訴人書籍漢方薬便覧部分では,処方のポイント及び調剤・薬学管理のポイントを選択した結果,これに接する者が控訴人書籍の表現上の本質的な特徴を直接感得することができないものである。  

(知財高判平成25年4月18日[治療薬ハンドブック事件])

データベースの著作物についても

被告CDDBが原告CDDBを複製ないし翻案したものといえるかどうかについては,まず,被告CDDBにおいて,原告CDDBのテーブル,各テーブル内のフィールド及び格納されている具体的な情報(データ)と共通する部分があるかどうかを認定し,次に,その共通部分について原告CDDBは情報の選択又は体系的構成によって創作性を有するかどうかを判断し,さらに,創作性を有すると認められる場合には,被告CDDBにおいて原告CDDBの共通部分の情報の選択又は体系的構成の本質的な特徴を認識可能であるかどうかを判断し,認識可能な場合には,その本質的な特徴を直接感得することができるものといえるから,被告CDDBは,原告CDDBの共通部分を複製ないし翻案したものと認めることができるというべきである。  

(知財高判平成28年1月19日[旅行業者用データベース事件])

同様の手法が取られている

具体的に翻案に該当するかの類似性を判断する手法として「2段階テスト」「濾過テスト」があります。まず、2段階テストは、まず原告作品の著作物性を認定し、創作的表現の存在を判断し、そのうえで、被告作品が原告作品の創作的表現の部分を共通しているかを判断する手法です。一方、濾過テストは、最初に原告作品と被告作品の両者から共通している部分を抽出し、その共通部分について、アイデアや事実、ありふれた表現など創作的表現に該当しないとみなされているものを除外し、残った部分が創作的表現として共通するかどうかを判断する手法です。

創作的表現一元論と全体比較論

 類似性の判断手法には原告作品と被告作品とで創作的表現の部分が共通しているのであれば類似性が認められるという立場の「創作的表現一元論」と創作的表現以外の部分も含めて被告作品全体から原告作品の表現上の本質的な特徴を直接感得できれば類似性が認められる立場の「全体比較論」が存在します。両者とも既存の著作物から表現上の本質的な特徴を直接感得できるかで類似性を判断することは変わりませんが注目する部分が異なります。

創作的表現一元論では両者の作品の共通する部分に創作性が存在する場合に類似性が認められることになります。それに対して全体比較論では両者の作品で共通する部分だけではなく相違する部分の創作性も注目し被告作品から原告作品の表現上の本質的な特徴を直接感得できるかで類似性の有無を判断します。

 この違いはどういうことかというともし被告作品と原告作品で共通する部分で創作性が認められるものの創作性が低く、異なる部分の創作性が高い場合を想定します。「創作的表現一元論」では例え低くても創作性のある部分が共通しますので類似性が認められますが「全体比較論」の場合には両作品の異なる部分も考慮に入れるので共通する部分の創作性が低く異なる部分の創作性が高い場合に全体を比較すると被告作品全体から原告作品全体の表現上の本質的な特徴を直接感得することが困難になり類似性が認められなくなります。

類似性の判断手法には、原告作品と被告作品との間で創作的表現の部分が共通していれば類似性が認められるとする「創作的表現一元論」と、共通する部分以外の相違する部分も含め、被告作品全体から原告作品の表現上の本質的な特徴を直接感得できれば類似性が認められるとする「全体比較論」が存在します。

両者は、既存の著作物から表現上の本質的な特徴を直接感得できるかどうかによって類似性を判断する点では共通していますが、判断において注目する部分が異なります。

創作的表現一元論では、両作品に共通する部分に創作性が存在する場合、類似性が認められることになります。これに対して、全体比較論では、両作品に共通する部分の創作性だけではなく、相違する部分の創作性にも注目し、被告作品から原告作品の表現上の本質的な特徴を直接感得できるかどうかによって、類似性の有無を判断します。

この違いを説明するため、被告作品と原告作品との共通部分には創作性が認められるものの、その創作性は低く、相違する部分の創作性が高い場合を想定します。この場合でも創作的表現一元論では、たとえ創作性が低くても、創作性のある部分が共通していれば類似性が認められます。これに対して、全体比較論では、両者の作品の相違する部分も考慮に入れるため、共通部分の創作性が低く、相違する部分の創作性が高い場合には、全体を比較したときに、被告作品全体から原告作品の表現上の本質的な特徴を直接感得することが困難となり、類似性が認められない場合があります。ある部分が取り込まれていても、なお全体的に観察すればその部分が埋没しておりもはや「表現上の本質的な特徴自体を直接感得できる」とは言い難い場合もあると考えるのか、という問題である。場合によっては、全体的に観察した結果、利用されている部分は埋没しており、直接感得できないということが有ってもよいであろう。(中山信弘. (2014年10月25日). 『著作権法(第4版)』. 有斐閣.748頁-749頁)

上記各部分から構成される本件ナレーション全体をみても,その量は本件プロローグに比べて格段に短く,上告人らが創作した影像を背景として放送されたのであるから,これに接する者が本件プロローグの表現上の本質的な特徴を直接感得することはできないというべきである。  

(最判平成13年 6月28日 [江差追分事件])

前述の江差追分事件最判は表現上の本質的な特徴を直接感得するという判断基準を示しただけではなく、両者の作品の共通部分のみならず作品全体の分量や表現形式の違いにも注目して判断しており「全体比較論」に基づいているといえます。

一般に、旋律を有する通常の楽曲において、編曲の成否の判断要素の主要な地位を占めるのは旋律であると解されること、これを甲曲の楽曲としての本質的な特徴という観点から具体的に見ても、その表現上の本質的な特徴が、主として旋律の全体的な構成にあることは上記のとおりであるが、甲曲は和声等を含む総合的な要素から成り立つ楽曲であるから、最終的には、これらの要素を含めた総合的な判断が必要となるというべきである。  

(知財高判平成14年9月6日[記念樹事件])

この判決では、両楽曲の旋律部分がほとんど共通することを重視しつつも、旋律が異なる部分や、和声等旋律以外の要素も含めて総合的に判断したうえで、被控訴人楽曲を聴いた者が、控訴人楽曲の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるとして、両者の楽曲の類似性を認めた裁判例となります。

この裁判例のように、楽曲の類似性を判断する場合には、単に旋律が一致しているかどうかだけを見るのでは足りません。まず、両者の楽曲に共通する創作的な要素が存在することを確認したうえで、さらに楽曲全体を比較する必要があります。そして、両者の楽曲に相違する部分があったとしても、被告楽曲を聴いた者が、原告楽曲の表現上の本質的特徴を十分に感得することができる場合には、両者の楽曲は類似性を有していると判断されることになり得ます。

 

そうすると,仮に,他社ソフトの表示画面に,原告ソフトの表示画面において認められる創作的要素のうちの一部が共通して認められるとしても,原告ソフトにおける他の創作的要素が他社ソフトの表示画面に存在しない場合や,原告ソフトに存在しない新たな要素が他社ソフトの表示画面に存在するような場合には,表示画面全体としては,他社ソフトの表示画面から原告ソフトの表示画面の創作的表現を直接感得することができないという事態も,十分に考えられるところである。

(東京地判平成14年9月5日 [サイボウズ事件])

この判決では原告ソフトと被告ソフトの表示画面に共通する部分について、アイデアやありふれた表現の共通にすぎないと判断しています。次に、被告ソフトの表示画面には原告ソフトと異なる点も存在しており、画面全体を見たときに利用者が受ける印象がかなりことなっていると判断されています。つまり、個別の部分だけを見ると共通する箇所があっても、画面全体として見た場合の印象や効果が異なり被告ソフトから原告ソフトの表現上の本質的特徴を直接感得できない場合、類似性を有しているとはいえないという判断です。

さらに、ビジネスソフトの表示画面には、実用的な目的があります。たとえば、入力欄、一覧表、ボタン、メニュー、項目名などは、業務上の使いやすさや機能に強く結びついています。そのため、仮に一部の配置やデザインに創作性があるとしても、その創作性は低いといえます。別の要素が加わったり、一部が欠けたり、異なる配置と組み合わされたりするだけで、その創作的な特徴部分は目立たなくなり、画面全体の印象も変わりやすいと考えられます。

したがって、ビジネスソフトの表示画面については、部分的に似ているだけでは足りず、画面全体が酷似している場合でなければ、類似性は認めることはできないと解釈できます。

著作物の創作的表現は,様々な創作的要素が集積して成り立っているものであるから,原告作品と被告作品の共通部分が表現といえるか否か,また表現上の創作性を有するか否かを判断する際に,その構成要素を分析し,それぞれについて表現といえるか否か,また表現上の創作性を有するか否かを検討することは,有益であり,かつ必要なことであって,その上で,作品全体又は侵害が主張されている部分全体について表現といえるか否か,また表現上の創作性を有するか否かを判断することが,正当な判断手法ということができる

(知財高判平成24年8月8日 [釣り★スタ事件])

この判決では原告のゲーム画面と被告のゲーム画面には「魚の引き寄せ画面」という酷似する部分について争われていました。しかし裁判所は、まず原告が両者の作品と共通部分として挙げた画面について、それ自体には表創作的表現が認められないと判断し、

さらに裁判所は、仮に一定の共通する部分があるとしても、原告画面と被告画面の具体的な表現には違いがあるとしました。その結果、両作品に接した者が「魚の引き寄せ画面」から受ける印象は異なり、被告画面から原告画面の表現上の本質的特徴を直接感得することはできないとして、類似性を否定しました。

この判決から読み取れる重要な点は、ゲーム映像のような視覚的表現では、個々の要素だけを切り離して比較するのでは足りないということです。そのため、ゲームを始めとする映像表現の類似性を判断する場合には、まず両作品に共通する創作的な表現部分があるかを確認する必要があります。そのうえで、画面全体をまとまりの映像として比較しなければいけません。そして、両作品に相違点がある場合でも、その違いを考慮したうえでなお、被告作品を見る者が原告作品と共通する創作的表現を十分に感じ取ることができるかどうかが問題になります。

つまり、ゲーム画面の著作権侵害を判断する際には、共通する部分の要素の有無だけでなく、映像全体から受ける印象や、被告作品から原告作品の表現上の本質的な特徴直を直接感得できるかどうかを重視すべきといえます。

一方でこの全体比較論には否定的な学説も根強く。既存の著作物の創作的表現部分が創作的な変更を加えられることなく被告作品に流用されている場合に、当該部分以外の被告作品の創作的表現部分の存否やそれによる影響などを審理判断する必要はなく、また審理判断すべきでもない。 (高林龍. (2025年12月18日). 標準著作権法 第6版. 有斐閣.) と強く否定している意見もあります。

さらにこの全体比較論を持って被告作品全体から原告作品の表現上の本質的な特徴の直接感得できるかのみで類似性を判断する手法について否定的な裁判例もあります。

複製・翻案の判断基準の一つとしての類似性の要件として取り上げる「当該作品から既存の著作物を直接感得できる程度に」との要件(直接感得性)は、類似性を認めるために必要ではあり得ても、それがあれば類似性を認めるに十分なものというわけではないことである。すなわち、ある作品に接した者が当該作品から既存の著作物を直接感得できるか否かは、表現されたもの同士を比較した場合の共通性以外の要素によっても大きく左右され得るものであり(例えば、表現された思想又は感情あるいはそれを表現する手法や表現 を生み出す本になったアイデア自体が目新しいものであり、それを表現した者あるいはそれを採用した者が一人である状態が生まれると、表現されたものよりも、目新しい思想又は感情あるいは手法やアイデアの方が往々にして注目され易いから、 後に同じ思想又は感情を表現し、あるいは同じ手法やアイデアを採用した他の者の作品は、既存の作品を直接感得させ易くなるであろうし、逆に、表現された思想又は感情あるいはそれを表現する手法や表現を生み出す本になったアイデア自体がありふれたものであり、それを表現した者あるいはそれを採用した者が多数いる状態の下では、思想又は感情あるいはアイデアが注目されることはないから、後に同じ思想又は感情を表現し、あるいは同じ手法やアイデアを採用した他の者の作品が現 われても、そのことだけから直ちに既存の作品を直接感得させることは少ないであろう。)、必ずしも常に、類似性の判断基準として有効に機能することにはならないからである。  

(東京高判平成12年9月19日 [赤穂浪士舞台装置事件])

法27条と法28条の関係

法27条(翻訳権、翻案権等)と法28条(二次的著作物の利用に関する原著作者の権利)は、セットで理解する必要があります。

法27条は、翻訳、編曲、変形、翻案などの二次的著作物を創作する行為を対象とした権利です。これに対して法28条は、創作された二次的著作物を利用する場合に関係する権利となっています。

27条は、著作者は二次的著作物を創作する権利を専有すると規定し、28条はその改変されたものについての利用について規定している。その結果、二次的著作物の原著作物の著作者は、28条を介して当該二次的著作物につきその著作者と同一の種類の権利を専有する、すなわち当該二次的著作物の複製権等の規定(21条から26条の3)が適用されることになる。(中山信弘. (2014年10月25日). 『著作権法(第4版)』. 有斐閣.351頁)

本条に規定している翻訳権・翻案権等は、翻訳・翻案等原作の表現転換をする行為についての権利であって、実際に経済的意味を持ちます翻訳物や翻案物を複製したり、上演したりする行為についての原作者の権利は、次の第28条に規定されております。

この法律の仕組みとしては、翻訳等の原作転用行為と翻訳物等の二次的著作物による複製等の利用行為との二つに分けて規定しております。したがって、無断翻訳行為の翻訳権侵害と原作の翻訳物による無断複製行為の翻訳物複製権侵害とが、通常同時に起こり得るということです。(加戸守行. (2021年12月21日). 『著作権法逐条講義(七訂新版)』. 公益社団法人著作権情報センター.221頁)

たとえば、外国語小説を著作権者に無許諾で日本語に翻訳した翻訳物の二次的著作物を創作したといえる場合では、まず翻訳物を作成した時点で法27条により翻訳権侵害の可能性が問題になります。さらに、その二次的著作物である翻訳物を出版(複製)、販売(譲渡)、ウェブ掲載(公衆送信)すれば、第28条を通じて、原著作者の複製権、譲渡権、公衆送信権などの侵害の可能性も問題になります。

つまり、法27条は二次的著作物の創作段階、第28条は二次的著作物の利用段階に分けて決めている規定です。

同一性保持権との関係

翻訳や翻案などの著作物の利用行為は著作者人格権の一つである同一性保持権との関係が問題になります。なぜならば、同一性保持権は、著作者の意に反して著作物や題号を改変されない権利です。翻訳や翻案などには元の著作物の改変が伴うため、同一性保持権侵害に該当する可能性があるようにも見えます。

しかし、著作権者から27条に基づく翻訳や翻案といった利用許諾を得ている場合にまで、当然のように著者者の同一性保持権侵害を認めてしまうと、そもそも著作権者から法27条の利用許諾を受ける意味がなくなってしまいます。二次的著作物作成の許諾を受けている場合にまで同一性保持権の侵害を認めたのでは、翻訳・翻案の許諾を受ける意味が没収されるので、明文の根拠はないが、非侵害という結論をとらざるを得ない。それは法の当然に予定していることだろう。(中山信弘. (2014年10月25日). 『著作権法(第4版)』. 有斐閣.351頁)

また、第27条の規定によって著作物を翻訳・翻案等する場合には、原作の内面形式の変更にわたらない限り、おおむね同一性保持権の侵害になることはないと考えてよろしいと思います。(加戸守行. (2021年12月21日). 『著作権法逐条講義(七訂新版)』. 公益社団法人著作権情報センター.220頁)

例えば、特段事情がない限り、翻案(27条)の許諾は改変(20条1項)の許諾をも含意するものとして当事者の意思を解釈すべきだろう。(高橋龍. (2025年12月18日). 標準著作権法 第6版. 有斐閣.)

もっとも、これは「著作権者から法27条の利用許諾さえあれば、どのような改変でも自由にしても同一性保持権侵害にならない」という意味では決してありません。著作権者から利用許諾を受けた翻訳や翻案として通常予定される範囲の内容を超えて、作品の本質である内容を損なうような改変を行えば、同一性保持権侵害の問題が発生する可能性はありえます。通常の翻訳・翻案では予定されていないような本質的な改変を行われた場合、例えば悲劇を喜劇に改変したような場合には同一性保持権侵害となり得る。(中山信弘. (2014年10月25日). 『著作権法(第4版)』. 有斐閣.352頁)

参照文献

岡村久道. (令和6年11月20日). 著作権法第6版. 株式会社 民事法研究会.

加戸守行. (2021年12月21日). 著作権法逐条講義(七訂新版). 公益社団法人著作権情報センター.

高林龍. (2025年12月18日). 標準著作権法 第6版. 有斐閣.

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