AnthropicのIPO申請を徹底検証 S-1でわかった事業急成長、現金が失われたわけでは無い純損失、そして「人類存亡リスク」

人工知能

はじめに

Claudeを開発する米AI企業Anthropic(アンソロピック)が、米国での新規株式公開(IPO)に向けて、証券取引委員会(SEC)に登録届出書「Form S-1」を提出しました[2]。上場先はNasdaq Global Select Market、ティッカーは「ANT」で申請しています。結論から言うと、S-1から見えてきたのは次の3点です。売上は半年で前年同期の約14倍に伸び、本業ベースでは調整後で黒字に届いています。その一方で、数千億ドル規模の計算資源の契約を抱え、成長が続くことを前提にした事業になっています。さらに、自社のAIが「人類にとって壊滅的または存亡に関わるリスク」になりうるという懸念まで、投資家向けの書類に正面から書いています。

Anthropic事業の中身:Claudeを軸にした3つの製品

Anthropicは2021年創業で、自らを何よりもまず研究機関と位置づけています。主な製品は、AIエージェントを開発するための「Claude Platform」、プログラミングを手伝う「Claude Code」、パソコン操作を含む知的作業をこなす「Claude Cowork」の3つです。計算資源(AIを動かすための半導体や設備)は、AWSのTrainium、GoogleのTPU、NVIDIAとAMDのGPUを組み合わせて使っています。投資ファンドと組んで中堅企業向けにAI導入を支援する会社「Ode with Anthropic」も立ち上げました。従業員数は2024年12月末の約940人から、2026年9月末には約5300人に増えています。

売上と利益:粗利率は約85%、調整後は黒字

売上は2023年が4100万ドル、2024年が3億8600万ドル、2025年が45億8500万ドルでした。2026年1〜6月期は162億8600万ドルで、前年同期(11億6300万ドル)から1300%も増えています。2026年7〜9月期の売上は、今回の書類では空欄です。

利益の面では、S-1の費用の内訳表で、2026年1〜6月期の売上原価(顧客向けにAIを動かす計算資源の費用がほぼすべて)は23億8000万ドルでした。売上から売上原価を引くと粗利率は約85%で、前年同期の約12%から大きく改善しています。CNBCも同じ計算で粗利率85%と報じています[3]。

本業の赤字にあたる営業損失は、2026年1〜6月期に6億9300万ドルまで縮みました。株式報酬、現金を伴わない寄付関連の費用、著作権訴訟の和解金(Bartz和解)を除いた「調整後営業利益」は16億1800万ドルの黒字で、売上に対する比率は約10%です。

顧客の広がりも示されています。2026年9月末時点で、直近12か月の売上が10万ドル以上の顧客は11900社超、100万ドル以上は1900社超、1000万ドル以上は約250社です。1年前の3か月間に取引のあった顧客について、直近3か月間の売上がその何%の水準になったかを示す指標(売上継続率)は約900%とされています。同じ顧客からの売上が約9倍になったことを意味し、解約や利用の減少も含めて計算されます。定額制の個人向けプラン(Claude Pro/Max)の利用者は対象外です。一方で、2026年1〜9月の売上のうち上位5社が約25%を占めており、少数の顧客への依存はリスクとして挙げられています。

純損失807億ドルの中身:大半は現金が出ていかない評価の変動

数字だけを見て驚きやすいのが純損失です。2026年1〜6月期の純損失は807億4800万ドル、2025年通期は419億6500万ドルでした。

純損失の大部分を占めるのは「転換社債、デリバティブ負債、SAFEの公正価値の変動」で、同じ期間に723億8800万ドルにのぼります。これは、将来株式に変わる約束のついた借入金などを、会社の価値が上がるにつれて帳簿上で評価し直した結果生じる損失です。現金が実際に会社から出ていくわけではなく、キャッシュフロー計算書でも現金支出を伴わない項目として純損失に足し戻されています。実際、本業でお金がどれだけ入ってきたかを示す営業キャッシュフローは、2026年1〜6月期に39億2900万ドルのプラスでした。2025年通期まではマイナスが続いていたため、ここが大きな変化といえます。

2026年6月末時点で、これまでに集めた資金は累計1411億ドル、現金等は1124億ドル、短期の投資は193億ドルです。

巨額の計算資源契約:成長が前提の事業

S-1で最も重い数字の一つが、計算資源の長期契約です。主なものは次のとおりです。

  • Google:2026年4月〜2033年7月に、少なくとも約1145億ドルを使う契約。実際の利用が少なくても差額を払い、Google側の重大な違反がない限り解約できません。
  • Amazon:2026年5月〜2036年4月に、少なくとも1100億ドル。こちらも原則として解約できません。
  • Microsoft:2026年11月〜2033年5月に、少なくとも449億ドル。原則として解約できません(未提供分などの例外あり)。
  • SpaceXAI(旧X.AI):NVIDIAのGPUを使う契約で、2029年までに最大1205億ドル。当初の解約不可期間(2027年1月・3月まで)が終われば、90日前の通知でどちらからも解約できます。
  • Broadcom:機器リースの相手先で、AI専用の半導体などを調達するための契約です。リース料の総額は利息を除いて約1612億ドルです。

財務諸表の注記では、2026年6月末時点で、金額が固定または最低保証された購入契約が約2656億ドル(期間1〜20年)、まだ始まっていないリースが約3214億ドルあるとしています。会社は、過去にクラウド各社が提供できる量を超える計算資源を求めたことがあるとも書いています。

一般株主の力を限る統治の仕組み

AnthropicはデラウェアのPublic Benefit Corporation(公益を目的に含む会社)で、公益目的を「人類の長期的な利益のための先進的なAIの責任ある開発と維持」としています。上場後の株式は複数の種類に分かれます。

  • Class A:一般に売り出される株で、1株1票。ただし合計の議決権は49.9%に制限されます。
  • Class F:共同創業者7人が参加する会社(Founder LLC)が持つ1株で、議決権の50.1%を持ちます。
  • Class T:会社と金銭的な利害関係のない受託者で構成される独立機関「Long-Term Benefit Trust(LTBT)」が持つ株です。

上場後の取締役は7人で、そのうち4人をLTBTが選び、解任できます。会社は自らの仕組みを「上場企業に直接の前例がない」と説明しています。

報道では、CNBCが、Morningstarのストラテジストの「投資家が支配権のなさを受け入れるかは、取引が始まるまでわからない」という声を伝えています[3]。LTBTの細かな運営ルールや、統治の条件の全体像については、ここでは確認しきれていないため断定しません。

人類存亡リスク:S-1は何を書いたのか

今回のS-1で最も話題になったのが、AIの安全性に関するリスクの書き方です。リスク要因(投資家に知らせる危険の一覧)だけで90ページを超えるとみられます。

AIが意図しない動きをするリスクの中で、次の趣旨が書かれています。

  • 自社のものを含むAIモデルが、停止されることへの抵抗、情報の隠蔽や操作、脅迫に似た振る舞いなど、予想外の戦略的な行動や自己保存的な行動を見せたことがある。
  • 十分に高度なAIは、適切な安全策や監督がなければ「人類にとって壊滅的または存亡に関わるリスク」をもたらしうるという懸念が、社外の研究者や規制当局だけでなく、社内からも出ている。特に、悪用、複製、兵器化、高い自律性が伴う場合には、そのリスクが高まる。
  • 自社のモデルはすでに自社の研究のスピードに貢献しており、AIがAI研究を大きく自動化して評価や安全策が追いつかなくなれば、このリスクは高まる。

最も高性能なモデルが、化学兵器や生物兵器などの開発を目指す悪意ある人物を、意味のある程度まで助けうる能力を示したこと、それを防ぐ分類器などの安全策は不完全で、これまでに回避されたこともあると書いています。さらに、壊滅的なAI事故の損害は、1社の保険会社はもちろん、保険業界全体でも引き受けきれない可能性があるとしています。

安全に関する具体的な方針も書かれています。新しい能力や新しい安全上のリスクを持つと見込まれるモデルについては、事前学習、事後学習、社内での利用といった学習の各段階で安全性を評価し、その段階の安全策に自信が持てなければ、遅らせたり一時停止したりすることがあるとしています。実例として、最近、新しい基盤モデルの事前学習を1か月以上遅らせ、モデルの重み(学習済みのデータ)の流出を防ぐセキュリティを強化する時間に充てたと明かしています。

そしてAI開発のペースを抑えたり、モデルの公開を遅らせたり、安全上の理由で商機を見送ったりする判断が、株主価値を最大化しない可能性があり、株価に悪影響を与えたり訴訟につながったりしうると、投資家向けに書いています。

具体的な出来事としては、テスト環境での作業中に、4つのモデルが実在する第三者のシステムに無断でアクセスしたことも開示されました。そのうち1件では、初期のモデルが見つけたパスワードで管理者権限を得て、個人の情報を読んだとしています。会社の調査では、モデルが与えられた課題を超える目的を追ったり、監督を逃れようとしたりした証拠は見つからなかったといいます。

まとめ

普段からAnthropicの動向を追っている身としては、ここまで詳細に会社の内情が公開されたこと自体が、ちょっとした出来事でした。「純損失807億ドル」という数字には驚きましたが、内容を詳しく読むと、それだけの現金が実際に失われたわけではありませんでした。本業では売上も伸びており、見出しの数字だけで判断してはいけないと感じました。

一方で、自社製品であるAIが、人類の存亡に関わるほどのリスクをもたらし得ると、投資家向けの書類に明記する企業など、前代未聞です。「皆さんが我が社の株を購入してくだされば、人類を滅亡させられます」と言っているようなものですよ。

冗談めかして書きましたが、いつものAnthropicとダリオCEOらしく、AIによる人類滅亡のリスクを警告し続ける姿勢がこの書類にも表れているのを見て、クスリと笑いました。

今後、上場日や時価総額が明らかになる続報にも注目したいと思います。

参考文献

  1. Anthropic PBC「Form S-1 Registration Statement」(SEC EDGAR) https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/2130357/000162828026067168/anthropicpbc-sx1.htm
  2. SEC EDGAR「Anthropic PBC Form S-1 提出書類一覧(0001628280-26-067168)」 https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/2130357/000162828026067168/
  3. CNBC「The big questions remaining after Anthropic’s blockbuster IPO prospectus」(2026年10月30日) https://www.cnbc.com/2026/10/30/anthropic-ipo-s1-revenue-compute.html
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