はじめに
「日本のAI企業が開発するAI」と聞いても、その土台まで国内で開発しているとは限りませんSakana AIが2026年10月26日に発表した「Sakana Sawara(仮称)」は、基礎能力を育てる事前学習から自社で手掛けるモデルです。2027年春に小規模モデルを公開し、その後は大規模化を目指します。[1]
フグ、ナマズに続くサワラは、何を変えるのでしょうか。これまでの技術との違いをほどきながら、防衛やサイバー防御で国産の土台が求められる理由を見ていきます。
Sakana AIがゼロから「事前学習」で手掛ける初の国産生成AIモデル「Sakana Sawara(仮称)」を発表
Sakana AIは東京都港区に本社を置き、デビッド・ハ氏がCEOを務める企業です。[1][9] 企業評価額は約4,320億円(27億米ドル)。シリーズBなどによる累計調達額は約660億円に達し、国内最大のユニコーン企業となっています。[14]
発表の舞台は、10月26日15:00〜18:00(JST)に東京都千代田区の一橋講堂で開かれた主催シンポジウム「From World Models to Real-World AI — 日本から拓くAIの新時代」。最高科学顧問のユルゲン・シュミットフーバー博士らが登壇しました。[4][6]
CEOは「私たちは今、自分たちのモデルをゼロから事前学習する取り組みを始めようとしています」と表明。生成AIの基礎を自社で作る方針を示しました。[1][2][3][4] 講演スライドには「Introducing Sawara (*provisional name)」の文字と、漢字の「鰆」を使ったロゴが登場。名称は「Sakana Sawara(仮称、サカナ・サワラ)」です。[1][2]
事前学習(Pre-training)は、半教師あり学習によって大量の文章などから言葉のつながりや知識の基礎を身につけさせる工程です。土台をどう育てるかという段階から自社で設計できるようになります。
計画は、2026年11月に開発着手、2027年春に小規模モデル公開、その後にパラメーター数「数千億以上」を見込む大規模モデルの開発、という順番です。[1] パラメーターは学習で調整される内部の数値で、モデル規模の目安です。
10月26日時点では、小規模モデルの具体的なパラメーター数、ライセンス形態、使用スパコン、学習予算総額は未公表です。春の「公開」が重みの配布を意味するのか、API提供なのかも確定していません。[1]
なぜ今「ゼロからの事前学習」なのか?従来の「Sakana Namazu」「Sakana Fugu」との違いと海外依存リスクの排除
Sakana AIは創業以来、既存モデルの能力を掛け合わせる「進化的モデルマージ」など、限られた資源から性能を引き出す技術を育ててきました。[5][14] その延長にあるのが、ナマズとフグです。
「Sakana Namazu」は、学習済みモデルに追加の訓練を行う「事後学習」で、日本語や日本の商習慣に適応させる取り組みです。2026年3月24日にα版とSakana Chatを公開し、8月3日にはAPI提供を始めました。[12][13]
土台にはDeepSeek-V3.1-Terminus、Llama-3.1-405B、gpt-oss-120B、Kimi K2.6などの海外オープンモデルを活用。DeepSeekベースの評価では、政治的な質問への回答拒否率を72%からほぼ0%へ下げたとしています。[12][13] 日本向けの調整で改善できることを示す成果ですが、あらゆる偏りが消えたことまで意味する数字ではありません。
一方、2026年6月22日に一般提供された「Sakana Fugu」は、複数AIをまとめて働かせる「オーケストレーション」です。指揮者モデルが依頼に応じてモデルプールからAIを選び、回答の検証や統合を進めます。得意分野を組み合わせ、単一ベンダーへの依存を避けられる仕組みです。[10]
8月10日には指揮者モデルをGemma 4(Gemma 4 E2B)にする検証を公表。9月11日には上位版「Fugu Max」と「Fugu Ultra v2」を公開し、構成や性能の選択肢を広げてきました。[16][15]
それでも、国内運用の「ソブリン(主権)AI」であるFuguには、構成に含む海外製モデルの影響で性能が左右されるリスクが残ります。安全保障上、海外モデル自体を使えない場合には、組み合わせを工夫するだけでは対応しきれません。[1][10][20] 国内で動かせることと、土台を自前で開発できることには違いがあるのです。
| 層 | 担うモデル・仕組み | 自前で持つ意味 |
| ①事前学習 | Sakana Sawara | 基礎能力を育てる土台から設計する |
| ②事後学習 | Sakana Namazu | 日本語や実務に合わせて調整する |
| ③オーケストレーション | Sakana Fugu | 複数AIを選び、協調させて使う |
この3層を自前で揃えると、土台づくりから業務への適応、複数AIの運用まで選べる範囲が広がります。海外モデルの排除が必要な用途にも、自社モデルを組み込む道が開けます。[1][5][10][12][13][15][16] ただし、事前学習の国産化だけで半導体や開発ソフトなどの海外依存まで消えるわけではありません。
防衛・サイバー防御での活用と、国内AI開発(Noetra等)との役割分担
国産の土台が必要になる具体例が、防衛の情報分析です。Sakana AIは2026年3月13日、防衛装備庁の防衛イノベーション科学技術研究所(DIST)との委託研究を発表しました。複数AIで観測・報告・情報統合・資源配分を支援し、指揮統制(C2)の高度化を目指す研究です。[18]
さらに7月29日には、防衛省情報本部の「総合分析業務に必要なAI機能の調査・実証」に関する契約を締結し、8月24日に発表しています。[1][19] 読売新聞は2026年8月9日(オンライン8月10日配信)で、自衛隊の指揮統制への提供では中国モデルを排除し、開発チームを日本国籍者に限る方針を報じました。[20]
こうした要請を踏まえると、事前学習から自社開発するサワラは、防衛や情報分析に導入しやすくする選択肢になります。ただし、今回の発表でサワラの採用や運用開始まで決まったわけではありません。[1][19][20]
サイバー防御でも、AIによる脆弱性の早期発見・修正や攻撃解析の能力向上が進んでいます。攻撃側もAIで力を増すため、守る側の整備も急務です。[1] 7月21日公開の「Fugu-Cyber」は、CyberGymで成功率86.9%、CTI-REALMで72.1%を記録しました。[11] これは各評価での成績であり、実際の攻撃を同じ割合で防げるという意味ではありません。純国産モデルの開発は、機密性の高い環境で防御用AIを選ぶ余地を広げる取り組みでもあります。[1][11]
金融では三菱UFJ銀行、SMBCグループ、大和証券グループなどで実装を進めています。[5][9] 10月23日には「Sakana Aquarium」も発表。企業のデータや業務上の概念の関係を整理するオントロジーを基盤に、意思決定と実行を支えるAIエージェントプラットフォームです。[17]
国内には別の重点領域を担う動きもあります。「Noetra(ノエトラ、東京都渋谷区、丹波廣寅社長)」には、ソフトバンク、ソニーグループ、NEC、本田技研工業の中核4社を含む計44社が出資。ロボット制御などのフィジカルAIと、複数種類の情報を扱うマルチモーダル基盤モデルに焦点を絞っています。[21]
Noetraは、「NVIDIA Rubin GPU」を約2万7,500基搭載したAI計算基盤を導入する計画です。[21] これに対し、Sakana AIは意思決定・防衛・サイバーなどに向けて事前学習からモデルを開発します。実空間で動くAIと、分析や判断を支えるAI。それぞれの重点領域から、重要分野の国産化を両輪で後押しする構図が見えてきます。[1][5][21]
まとめ
これまでSakana AIは、海外オープンモデルに事後学習を施す「Sakana Namazu」や、複数AIを束ねるオーケストレーション「Sakana Fugu」で高い成果を上げてきました。そこへ今回、ゼロからの事前学習(スクラッチ開発)による純国産モデル「Sakana Sawara(仮称)」が加わる意義はきわめて大きいと言えます。既存モデルの組み合わせや事後調整だけではどうしても残っていた海外製ベースモデルへの依存リスクを根本から解消し、①事前学習(Sawara)、②事後学習(Namazu)、③オーケストレーション(Fugu)の3層すべてを自前で揃えることで、日本の安全保障・サイバー防御・産業を支える真の「AI主権」が初めて完結するからです。RSI(再帰的自己改善)を武器に、スクラッチから育てる純国産モデルが2027年春にどのような姿で登場するのか、大きな期待が集まります。[1][3][5][6][10][12][13]
今回の「Sakana Sawara(仮称)」の発表には胸が躍るような期待を感じています。これまでの「ナマズ」のような事後学習や「フグ」のような海外モデルの組み合わせも賢いアプローチでしたが、やはり土台となるモデルそのものをゼロからスクラッチで自社開発する国産AIが日本から生まれるというのは特別な感じがあります。土台の事前学習から日本の技術陣がスクラッチで手掛ける「サワラ」なら、海外依存の不安を減らすだけでなく、日本語の奥深いニュアンスや日本の文化・商習慣に根ざした頼もしい基盤になってくれるはずです。日本のAI開発が「組み合わせ」の段階を超えて「ゼロから創る」新たな挑戦へ踏み出したことを応援しつつ、2027年春の公開を心から楽しみに待ちたいと思います。
参考資料
- [1] 日本経済新聞「サカナAIが国産AI開発へ 防衛・サイバーに活用、米中依存リスク排除」(2026年10月26日 19:23 JST公開、確認日:2026-10-26)
- [2] 日本経済新聞 電子版 公式X投稿(@nikkei、2026年10月26日 19:27 JST[10:27:16 UTC]投稿、確認日:2026-10-26)およびSakana AI公式(@SakanaAILabs)・David Ha CEO(@hardmaru)による同日21:38 JSTのリポスト
- URL: 日経投稿:https://x.com/nikkei/status/2114665154591838685 / Sakana AI公式リポスト:https://x.com/SakanaAILabs/status/2114698178113270016 / David Ha CEOリポスト:https://x.com/hardmaru/status/2114698213332836393
- [3] Sakana AI 研究者・チームリード 秋葉拓哉氏(@iwiwi)公式X投稿(2026年10月26日 22:11 JST[13:11:50 UTC]投稿、および同日15:32 JST[06:32:57 UTC]シンポジウム会場写真投稿、確認日:2026-10-26)
- URL: Sawara開発言及投稿:https://x.com/iwiwi/status/2114706569250443295 / 会場スライド写真投稿:https://x.com/iwiwi/status/2114606190684766492
- [4] Sakana AI 主催シンポジウム公式ページ(Luma)「From World Models to Real-World AI|日本から拓くAIの新時代」(開催日時:2026年10月26日 15:00〜18:00 JST、会場:東京都千代田区・一橋講堂、確認日:2026-10-26)およびSakana AI公式X告知投稿(2026年10月5日 08:35 JST[10月4日 23:35:50 UTC]投稿)
- [5] Sakana AI 公式ブログ「【イベントレポート】Sakana AI Engineer Open House 2026」(2026年10月21日公開、イベント開催日:2026年10月5日、確認日:2026-10-26)
- [6] Sakana AI 公式ブログ「Introducing Sakana AI’s Recursive Self-Improvement (RSI) Lab」(2026年公開・2026年9月Jürgen Schmidhuber氏就任反映、確認日:2026-10-26)
- [7] Sakana AI 公式ブログ「Recursive Self-Improvement through Collective Intelligence(MASS: Multi-Agent Self-Supervision)」(2026年10月12日公開、確認日:2026-10-26)
- [8] Sakana AI 公式ブログ「Introducing Sakana AI’s Frontier Intelligence Group (FIG) / 次のパラダイムを探索する:Sakana AI、Frontier Intelligence Group (FIG) の紹介」(2026年9月18日公開、確認日:2026-10-26)
- [9] Sakana AI 公式日本語トップページ「Sakana AI — 日本から、フロンティアAIを」(確認日:2026-10-26)
- [10] Sakana AI 公式ブログ「Sakana Fugu: One Model to Command Them All」(2026年6月22日公開、2026年9月11日Fugu Max追記、確認日:2026-10-26)
- [11] Sakana AI 公式ブログ「Introducing Fugu-Cyber: our new orchestration model that achieves state-of-the-art performance on real-world cybersecurity benchmarks」(2026年7月21日公開、確認日:2026-10-26)
- [12] Sakana AI 公式ブログ「最大規模のオープン基盤モデルを各国仕様へ適応させる事後学習技術を開発(Namazu α版・Sakana Chat公開)」(2026年3月24日公開、確認日:2026-10-26)および日経デジタルガバナンス「サカナの『事後学習』 中国AIのバイアス、日本向けに是正」(2026年5月7日 05:00 JST公開、確認日:2026-10-26)
- URL: Sakana AI公式:https://sakana.ai/namazu-alpha/ / 日経デジタルガバナンス:https://www.nikkei.com/prime/digital-governance/article/DGXZQOUC016H80R00C26A4000000
- [13] Sakana AI 公式ブログ「Sakana AI、日本語特化のLLM API『Sakana Namazu』を提供開始」(2026年8月3日公開、確認日:2026-10-26)
- [14] Sakana AI 公式ブログ「Announcing Our Series B / Sakana AI、シリーズBラウンドで総額320億円の資金調達を発表」(2025年11月17日公開、2026年4月9日更新、確認日:2026-10-26)
- [15] Sakana AI 公式ブログ「Introducing Fugu Max and Fugu Ultra v2: Orchestrating the Pareto Frontier」(2026年9月11日公開、確認日:2026-10-26)
- [16] Sakana AI 公式ブログ「ベースモデルに依存しないオーケストレーションに向けて:Gemma 4版 Sakana Fuguの検証」(2026年8月10日公開、確認日:2026-10-26)
- [17] Sakana AI 公式ブログ「オントロジーを基盤に、意思決定・実行を支援するAIエージェントプラットフォーム『Sakana Aquarium』」(2026年10月23日公開、確認日:2026-10-26)
- [18] Sakana AI 公式ブログ「Sakana AI、防衛イノベーション科学技術研究所からの委託研究を開始」(2026年3月13日公開、確認日:2026-10-26)
- [19] Sakana AI 公式ブログ「Sakana AI、防衛省から『総合分析業務に必要なAI機能の調査・実証』を受注」(2026年8月24日公開、契約締結日:2026年7月29日、確認日:2026-10-26)および日本経済新聞「防衛省、情報分析のAIシステム導入へサカナAIと実証事業」(2026年8月24日 19:00 JST公開、確認日:2026-10-26)
- URL: Sakana AI公式:https://sakana.ai/defense-integrated-analysis/ / 日本経済新聞:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA245Q80U6A820C2000000/
- [20] 読売新聞「自衛隊指揮に国産AI、情報収集や分析担わせ迅速な意思決定…『サカナAI』有力・中国製排除」(2026年8月9日(オンライン8月10日配信)、確認日:2026-10-26)

